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銀のベルが響き、客の見送りを終えたトリズが店内に戻る。この一ヶ月を見る限り、セニーはいつも帰る客を外まで見送っている。特別そう教えられたわけではないが、トリズもまた、自分が会計をしたときは外まで出て挨拶するようにしていた。
(さて、個数ギリギリの物はなかったよな)
天頂から落ちかけた陽光が入る窓辺で、崩れた積み木を組み直す。次いで、書籍の並びを整える。そして、店の角に当たる文房具、インドア日用品と続くコーナーを確認する。特別に広くはないとはいえ、ワンフロアで多様な商品を扱う店である。「雑多だからこそ丁寧に」という理念を、セニーは父から、父は祖父から代々継いできた。
(そうなると、俺はセニーの息子に当たるのか?)
日用品を前に、古着を背に。蟹歩きをしつつ、トリズにはそんなことを考える余裕すらある。「父」からもらった名も、由来こそ不満が残る部分はあるが、音は本人も気に入っていた。
自分の本当の名前が気にならないと言ったら嘘になる。今まで手にしてきたもの。足跡。そして、傷痕。この一ヶ月間、記憶は戻る気配がない。役場に届けられた行方知れずの届けも見たが、はっきり言って成果はない。一方、発見時の状況から、下手に声を上げては危険かもしれないと判断して、自身の身元不明者としての届けは敢えて出していない。今は店番をして、意外と広いセニーの人脈から話を聞いていく。それが、焦っても好転はしないと考えた末の指針だった。
ちょうど一区切り確認し終えたとき、ベルが鳴った。挨拶に続いて、店の奥からトリズが顔を出すと、ライトグレーの制服を着た来訪者はまず眉根を寄せ、一瞬細めた目を、数度の瞬きの後大きく見開いた。口は無意識に小さく開いて、うそ、とだけ独り言をこぼしたが、トリズには聞こえなかった。
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