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日は沈み、夜が覆った。道の灯りは、夏よりも暖色寄りの色で道を照らず。都市の中心部、繁華街ならばこの時間でも賑わっているのだろう。少し外れたこの区画では、店たちの光こそ集合的シルエットとして仄かに目に入っても、活気ある声は届かない。ただ星と月が瞬くのみである。
雑貨屋の上階にあたる住居のリビングで、セニーとトリズは食卓を囲んでいた。
「トリズ、まだ倉庫の中はよくわからない?」
「いや、ある程度分かってきたが」
「それにしては時間かかってたね。何かあった?」
「いや、まぁ」
トリズは回答を濁し、分かりやすく視線を逸らした。スプーンへ伸びていた手も空中で止まる。いかにも「何かありました」と言わんばかりの仕草を、この隠し事の出来なさそうな男は無意識にする。だからこそ、セニーはトリズを「拾った」。
「……発作?」
からかいも茶化しもしない。まだひと月の付き合いとはいえこの話題の扱いには慣れてしまったもので、パンをちぎりながら軽く、しかし優しくセニーは問う。
「……そんなとこだ」
トリズもまた、取り繕うことなく応えた。逃がした視線は、壁の風景画からスープに移り、よく煮込まれた野菜が目に入る。漏れるため息は、肉が少ない夕飯への言外の非難ではない。一口味わい、ゆっくりと飲み込む。暖かな味で、気持ちを落ち着けた。
発作。トリズは時折、精神の均衡を失う。それは昼間のように何かに呑まれる感覚に始まり、不明瞭な独り言をこぼし、動悸、発汗、呼吸の乱れを伴い悪化する恐慌状態。原因は分かっているものの、解決方法はない。
「結局、体のどこにも異常はなかったんだよね」
「結局、俺の気持ちの問題みたいだ」
「じゃあ、なおさら悩んでもしょうがない。そのうち解決するさ」
「だといいが。……俺は、なんなんだろうな」
会話をしつつ、トリズはどこか空虚さを感じる。今彼を温めているスープは、セニーが母から教わったもの。店は同じく、父から継いだもの。着ている服は、上下ともにセニーの持ち物。トリズの方が少し大柄ではあるが、上背で言えば頭半個しか違わず、セニー自身が自分よりも大きなサイズを好んでいたことが幸いした。仕事着は半年ほど前に他所の都市へ嫁に行った妹が使っていた。今のトリズの周囲は、すべてが借り物と貰い物で出来ている。
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