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ふと落ちていたバラを見つける。珍しい事もあるものだと思って拾い上げると、何か鋭利なもので切られたらしく切り口が鋭くなっていた。
「イタズラならあまりセンスを感じないな──いや、ちょうど良い」
クライスベルトはバラの花を手のひらで握りしめてばらばらにした。それからぱっと投げ放ち、紙吹雪のように散らすと、そのままの妙な高揚にまかせて軽くホップしながら木に咲いているバラを散らしていく。クライスベルトが通った後には、バラの花弁が舞った。
そうして庭の端まで行き着くと、興を殺(そ)がれたように立ち止まった。クライスベルトは自分の手のひらがバラの棘で傷だらけなのに気づいた。
じんわりとしみる手の傷を冷ややかに見つめて、クライスベルトは不思議と何とも感じなかった。
その時、バラの茂みから突然がさっと物音がした。
「誰だ」
クライスベルトの呼び掛けには返答がない。クライスベルトは足音を潜め音がした茂みの方へゆっくりと歩みよっていった。
踏みしめる芝生の柔らかな感触と相まって、クライスベルトは少し緊張していた。先程の自分の奇怪な行動を見られていたのではないか、誰もいないと安堵していたが、実は物音がしたので庭師が起きてきたのではないか、と思案を巡らせた。いや、或いは賊の場合もある。
クライスベルトは茂みの前に立つと、勢いよく枝葉を掻き分けた。
何も居ない。
確かに人が居たらしい痕跡もなく、ただひっそりと虫の声がしんしんと聴こえているだけであった。
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