色のない虹

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 気のせいか。猫かなにかだろう。そう見切りをつけてクライスベルトは寝室に戻ることにした。先程の物音のせいですこぶる気分が失せたのと、待っていても、もう"あの人"は現れないだろうと諦めたからだった。  クライスベルトは名残惜しそうにそっと邸の境を成す黒い鉄柵に触れると、深く溜め息を吐いた。鉄柵は月光を鈍く反射している。  この外にはきっと自由がある。"あの人"が居る日常がある。誰にも邪魔されないで暮らしていける。そう思うと胸が締め付けられた。邸の回りに巡らされた鉄柵は外界と邸とを、まるで別の世界として隔絶している風に思えた。  クライスベルトが踵を返して寝室に戻ろうとすると、横目に何か光るものが掠めた。すぐに振り返って見てみると、邸の外の大通りに、緑色をした光が見える。通りの店はすべて閉まっている。ということは店の明かりではない。だが、車のライトにしては暗すぎる。  奇妙な灯りは放蕩しながら大通りに繋がる丁字路をまっすぐこちらへ向かってくる。  クライスベルトは眉をしかめた。よもや化け物の類いが見えているわけではなかろうか。  ふらりふらりと揺れながら、光はすぐ目の前まで迫っていた。だが、怖いとは感じなかった。殊、死ぬかもしれないという実感が湧かない事に関して、クライスベルトは違和感を覚えなかった。  やがて、光はクライスベルトのすぐ近くまで来た。しかし、光はクライスベルトの一歩手前でヒュっと何かに吸い込まれたように消えた。 「こんなとこまで逃げてくるなんて、よほどの執着だねぇ……」
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