冷たい雨と懐中電灯

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どれだけ走ったか覚えていない。ただひたすらに、山道を下った。 処刑場ホテルから、できるだけ離れたかった。 梅雨に打たれ、全身ずぶ濡れだ。 ありったけの体力で走りつづけて、ようやく街明かりが見えだした。 外灯、窓の灯、看板を照らす照明。 ああ、私は助かったんだ。 ホッと胸をなでおろすと、足がもつれた。 転んで、アスファルトで手を擦りむいた。 道路の真ん中で、うずくまる。手が痛い。雨が冷たい。 ああ、私は生きて帰れたんだ。 安堵の思いで笑おうとしたら、涙が出た。 笑いたかったのに、嗚咽が漏れた。 この世の中に、王子様なんていない。 私はシンデレラなんかじゃない。 みにくいアヒルの子でも、赤鼻のトナカイでもない。 ただの、小原塔子。 土砂降りに負けないくらいの涙を流して、人生で初めて生きていることを実感した。 道路の脇には、花が飾られていた。ジュースとお菓子が供えてある。 きっと、ここで誰かが死んだのだ。交通事故か何かで、命を失ったのだ。 でも、私は生きている。
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