冷たい雨と懐中電灯

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塔子の持っていた懐中電灯が、雨に濡れた献花を照らした。 すると、明かりの中に、ひとりの少年が現れた。 破けたサッカーボール抱えた、小学一年生くらいの子供。 少年は彼女に言葉をかけた。声は聞こえなかったが、口の動きで何を言っているかはわかった。 『生きてて、よかったね』 途端に、少年の口から血が流れ出した。 額がパックリと割れ、大量の流血を始めた。 少年の右手は、ゴキゴキと曲がり出し、普通ではありえない角度に折れた。 『生きてて、よかったね。僕は死んだのに』 少年は、破れたサッカーボールを落とした。 雨が降っているはずなのに、跳ね飛んだのは血しぶきだった。 塔子には、何が見えているのか意味不明だった。 ただ、恐怖のあまり、意識を失ってその場に崩れ落ちた。 こうして、小原塔子は最悪の一日を生き抜いた。 そして、この出来事が彼女の人生観を大きく変えることになる。 雨に打たれながら、道路にうずくまっている塔子。 その手元には、古めかしい懐中時計が転がっていた。 〈 つづく 〉
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