8人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
…まだ動き回れるんだ。
逃げ惑う中年男性の後ろ姿を眺めながら、心の中でそう呟く。
肩の関節は外した。
指の爪は5枚剥いだ。
顔や腕、腹部をナイフで切り刻んだ。
鈍器で殴った顔は腫れ上がり、元の顔はもう思い出すことは出来ない。
極限まで体力を奪ったというのに、ほんの一瞬、男から目を離したすきに逃げられてしまった。
男は息荒く無我夢中で屋上の隅へと逃げていく。
もう逃げ場は無いのに、一体何処へ逃げるつもりなのだろう。
だが、もうそんなことはどうでも良い。
依頼内容に背く形になるが、そろそろ息の根を止めておくべきだろう。
ナイフを強く握りしめ、男に目掛けて走り出す。
背中から切り掛かり、とどめに頸動脈を切り裂けば長かった鬼ごっこも終了だ。
しかし男はこの勝ち目の無い鬼ごっこを止めるつもりはないらしい。
男はビルの端に立つと、そのまま隣のビルの屋上へと飛び移ろうとしたのだ。
そんなことをしたら…
先程まで男が立っていた場所に着くと同時に、はあ、と長い溜息を吐く。
あんな体で、3メートル近く離れたビルに飛び移れるわけが無いのに。
男が落ちたであろう路地を覗き込んだ、その時。
「うわあああああ!!」
若い男の叫び声が辺りに響き渡る。
どうやら男が落ちてきた瞬間を目撃してしまった人間がいるらしい。
可哀想な奴。
こんな路地にいなければ、巻き込まれることも無かったかもしれないのに。
「死体、増えちゃった…」
***
最初のコメントを投稿しよう!