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三月に咲く
「ちがう。桜なんかじゃない。梅の花が咲いてるんだよ」
入院中、出会った子供はそんなことを言っていた。
入院するきっかけになったのは不幸な事故……ならお見舞いも沈痛になるものだが、生憎と間抜けな理由だ。上司に付き合って酒を飲み過ぎ、千鳥足で帰宅する途中の石に蹴つまづいた。それだけならまだしも、運悪く前方の電信柱に顔面から激突。額から出血し、現場はケガ以上に凄惨な状況になってしまった。
頭をシェイクされた俺はまあ、死にはしなかったけれども、頭を打ったということで大事をとり入院している。全治一週間。おでこはまだ腫れてジンジンと痛むが、身体はほぼ健康体だ。
そういう間抜けな経緯があるので、お見舞いは冷やかしの場と化す。
「お前、酔っぱらって脳天ぶつけたって……」
「今度の同窓会でネタにされるぞ」
「グループのやつらにLINEしてやろうか、それともネットに写真あげとく?」
俺の同僚、同級生だった男友達には労りという言葉がなく。こういうときに見舞いに来てくれる女の影もなく。入院生活は精神的な公開処刑の場となっていたのだった。
少女に出会ったのは、入院生活三日目の午後。
「桜の花が……」
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