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ひらり、ひらり
『桜の花びらを3枚掴めたら、願いごとが叶うんだよ』
舞い落ちる花びらを眺めながら、葉月はぼんやり彼の言葉を思い出していた。
ふっと右手を伸ばしてみるが、花びらはするりと指の間を抜け、からかうようにひらひらと舞い落ちていった。
「ありゃりゃ、惜しいね」
空を掴んだ手を力なく下ろす葉月の背中に投げかけられたその声は、聞き覚えのないものだった。
しかしまるで十年来の友人のような心地よく親しげなその声色に、思わず振り向く。
声の主は大学生くらいの若い男だった。
「掴もう掴もうとしちゃ駄目なんだよなー」
ニコニコしながら「コツがあるんだ、コツが」と人差し指を立てる男に、葉月は眉を顰めた。
夜、見ず知らずの男がこんな風に親しげに声をかけてくるのは、どう考えても怪しい。
「へぇ、コツなんてあるの?」
いつもならきっと踵を返していたところだろう。
それでもその男の話に耳を傾けてしまったのは、男の持つ不思議な雰囲気と、それからほんの少し体内に残っているアルコールのせいもあったのかもしれない。
「そう、コツ」
うんうんと頷きながら、男は葉月の横に立ち、すっと手を前に出した。
「こうしてね、待つんだ。
掴むんじゃなくて、受けとめるんだ」
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