約束。

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 この日は土曜日。 大概の士官が背広に着替えいそいそと外出する中、狼中尉はたった1人格納庫裏に佇み、飛行場を遠巻きに包む山々の稜線を眺めている。 そしてポツリと一言 「兄ちゃん…」 …と寂しそうに呟くのであった。  軍人が勤務先で身内からの年賀状を受け取れば、大概の者がそれを嬉しく思うだろう。 狼中尉がまだ佐世鎮管下の艦艇に乗り組んでいた頃。 中隊総員が世話になっていたレス(料亭)ゆみやを営む夫婦の元に自分宛の年賀状が届いた際、彼もまた手荒く喜んだ中の1人であったのだ。 その翌日に、陸軍大尉である叔父が所属する師団の師団長から、昨年の12月下旬に叔父が大陸で戦死していた事を知らせる手紙が届くまでは。 その手紙に拠ると叔父率いる中隊は、民間船で新たな任地である揚子江沿いの某港町に移動した際、出迎えの地元日本人学校生徒及び教師父兄に偽装した便衣隊の襲撃を受けたという。 民間船での移動中故丸腰であった為、叔父が率いていた中隊は抵抗らしい抵抗など何一つ出来ないまま、全滅に近い被害を出してしまったのだ。
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