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表紙に虎の巻その1と書かれた大学ノートを陸攻に差し出しながら多村機付長。
その磨耗具合と昭和4年で始まる日付から、かなりの年季物であるかが窺える。
陸攻はそれを最敬礼しながら受け取ると、一言
「にふぇーでーびる」
…と言って士官宿舎へと向かうのであった。
やがて勝俣3整曹が口を開く。
「機付長。
大上中尉って土人
(当時沖縄出身者は一段低く見られており、公然と土人呼ばわりする者も少なくなかった)
だったんですね」
「関係ねえよ。
土人だろうが半島人だろうが、見込みのある奴はあるしねえ奴はねえってこった。
…処で今何て言ったんだ大上の旦那は?」
「ありがとうですよ。
変わった正規だとは思っていましたが、まさかここまで変わっているとは…」
「確かにそうだな。
御苦労すら言わねえ奴もいるってのに、士官様が下士官風情にありがとうだとよ…」
どうやら多村機付長が嫌味のつもりで言った言葉は、健一の戦死以来失われつつあった陸攻らしさを幾らか呼び覚ました様子である。
尚、多村機付長一門が陸攻の本名を知ったのは、3日後に飛行隊長美濃町特務少佐が銘酒灘の生一本を差し入れてくれた時の事であった。
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