あと一歩

3/3
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
いつもと同じように後輩と同じ車両に乗り、同じ駅で降りる。 気づかれないように適度な距離をとりながら、少しずつ近づく。 階段に近づいたときには、もう真後ろ。 手を伸ばし、あと少しで背中に振れそうだったその時。 突然後ろから肩を掴まれ、動きを止めた。 あと、一歩だったのに…。 私は突き落とそうとしたことが誰かにバレたのかと思い、首だけゆっくり後ろに向けた。 そこには制服を着た男子高校生が立っていた。 「あの、これ落としましたよ。」 男子高校生は、定期入れを私に差し出した。 バッグを見ると、持ち手の部分に引っかけてあった定期入れがなかった。 いつの間にか落としていたようだ。 「ありがとう。落としたの、全然気づかなかった…。」 「いえ。って!ちょっと、お姉さん!?どうしたんですか!?」 男子高校生が焦る声を聞いて、初めて自分が涙を流していたことに気づいた。 私は急いで手で涙を拭い、笑顔を作って見せた。 「ごめんね、驚かせて。ちょっと仕事で疲れてたみたい。これ、本当にありがとう。」 「いいんです、気にしないでください。それじゃあ、これで。」 そう言って階段をかけ降りる男子高校生の後ろ姿を見送り、自嘲した。 あの子が声をかけてくれなかったら、私今頃どうしてたんだろう。 最悪誰かに見られて、逮捕とかされてたかもしれない。 いくら憎いからって、バカだな私。 あんな女のために、人生棒に振ることないじゃない。 私は心から、あの男子高校生に感謝した。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!