一 正しい予感

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 むかし叔父さんはバレエダンサーだった。いろいろな舞台で踊ったらしいけど、昔の話だと言って詳しくは教えてくれない。今も身体は全体的に細長くて、僕とはちがういきもののように思える。叔父さん本人は、最近は何もしていないからお腹がたるんできたと笑う。たしかにしろい身体は筋肉が落ちて、ひっぱると皮がのびる。のびるとすぐ戻らない。なんとなくしなびた果物を連想させた。 「さっき姉ちゃんからメールきてたけど、なんて返したらいい?」  とはいえ、叔父さんはきれいないきものだと思う。しゃんとしたらもっとかっこいいはずだ。昔の写真はきりっとしていた。たぶん今は本気を出していない。 「母さんから? なんでもいいよ」  夏休みを宇都宮の叔父さんの家で過ごすことにしたのは、べつに母さんとケンカしたからではない。東京にいたくない理由はいくつもあった。塾の夏期講習や文化祭の劇の練習やクラスのいろいろや。ついでに母さんがつきあっているモリモトさんと会うのも気が進まない。モリモトさんが新しいお父さんになるのだとして、決定権は僕にはない。親しくなっておく必要なんてないし、だいたいその件については母さんもはっきりとは言いたがらないので僕としてはめんどうくさい。  栃木県宇都宮市。ギョーザが有名な町で、町中あちこちにギョーザ屋がある。ここのアパートの一階にもギョーザ屋が入っている。となりはコインランドリーで、向かいにはコンビニがあるけど二十四時間営業ではない。 「じゃあ青葉は日々マジメに勉強していて宿題は順調です、って送っとこ」  アパートはおばあちゃんが大家さんをしていて、叔父さんは「カタチばかりの家賃」を払っているらしい。どうしてあの広い広いおばあちゃんのうちでなくアパートに住んでいるのか、知らない。少し前までは都内をあちこち転々としていたけど、いつのまにか叔父さんは宇都宮に帰っていた。
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