一話

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 いつもと変わらない爽やかな朝。見慣れた居間からカウンターを隔ててつながる台所にはエプロン姿の妹とペットの猫。 「ねえ、おはようってば。どしたのお兄ちゃん」  水の音で聞こえていないと思ったのか、水を止めて朝の挨拶を繰り返す楓は小学六年生にして瀬戸家の大半の家事をこなすしっかり者だ。今朝も兄である葵が起き出すより早く朝食を作って待ってくれていた。 「声が……いや、なんでもない」  部屋を見回す葵に、楓は変なお兄ちゃん、と笑った。前足を舐めおわった猫がちらと葵を見た。 「何だコイツ気持ち悪い……嬢ちゃん、飯だ飯」  得体のしれない甲高い声の最後にかぶさり、にゃあ、と猫の声が響く。 「はあい、ごはんにゃ。ソラくん食いしん坊万歳にゃ~」 「毎日カリカリ飽きちゃうぜ」  餌皿にキャットフードがカラカラと投入される音に知らない声が重なる。葵は周囲を見回した。いつもどおりの朝、聴覚だけが異常だ。 「……何か聞こえない?」  意を決して口にした葵を振り返った楓はきょとんとした顔で、正体不明の声も黙った。どこかでキジバトが鳴いている。ホーホーホッホホー。 「何も聞こえないよ」 「何も聞こえねえよアホか」
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