きみの手を。

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 奈緒の手は、何か特別な手入れをしているわけではない。  高価なクリームも使っていない。  冬にお湯を使いすぎると少し乾燥するが、それ以外は、すべて天然だという。  天然物の、完璧な、手。  それを、彼女の「生」ごと手に入れることができた。  手放すわけにはいかない。絶対に、だ。  ちなみに、彼女の両親には付き合う前には既に挨拶済みだった。  彼氏としてではなく、「まだ友達の原田」として。  印象は悪くないと思う。  娘を守るために、ほぼ毎日送り届ける無害な男、を演じたのだから。  俺は、外堀から埋めるタイプなのだ。  奈緒とのセックスは、普通、だ。  奈緒に俺の性癖を暴露するつもりはなかったし、手への執着も、わざわざ見せはしなかった。  ただ、手で扱いてもらうのは、興奮しすぎて、駄目だ。   奈緒のたどたどしい手での愛撫でさえ、すぐ果ててしまいそうになるので、ちょっと困ったものではあった。  奈緒が原田家の玉子焼きを習得しているときも、本当はその綺麗な手に火傷でも負わないか心配で心配で仕方なかった。  料理はほぼ俺が作っていたから、危なっかしくて見ていられなかった。  けれど、「原田家の味を子どもに教えなきゃ」と笑う奈緒を止めることはどうしてもできなくて、さらにフライを教えようとする母親を全力で止めるくらいしかできなかった。
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