きみの手を。

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 早川は気づいていない。  自分の手がどれほどまでに男を惹き付けるのかを、知らない。  白くて細長い指。  節は太くなく、すっきりしている。  薄いピンク色の爪。  乾燥せず、みずみずしさを保ったままの手のひら。  肌理(きめ)の細かい甲。  血管の浮き出た手首。  完璧だと思う。完璧な手だ。  そんな早川に会計してもらって、一瞬でも手が触れ合えば、その男は恋に落ちるだろう。その気持ちが痛いほどよくわかる。  俺がそうだ。  一回生の一般講義の最中、早川が落としたペンを拾おうとして、触れ合った指先の滑らかさと柔らかさとぬくもりに、俺の体に電流が走った。  あ、これは恋に落ちたな、と一瞬で自覚した。  指が触れ合うだけでイカされそうになったのだから、早川の手がどれだけ官能的か想像してほしい。  その何十倍も、いい。  その手を手に入れたくて、どれだけ俺が努力したことか。  早川と仲のいい三宅と長尾の信頼を得るために、彼女らが働いている居酒屋で、大してやりたくもないバイトをして仲良くなった。  早川と同じゼミに入り、その手を身近で視姦する権利を得た。  ついでに、早川と誰かの手が触れ合わないように、講義のときはなるべく近くに座った。  最近は、早川には手を怪我しそうな料理をさせられないから、と、料理の腕を上げることにした。  抱き心地が悪くないように、と、ジムに通って体を引き締めることにした。  ……外堀から埋めるタイプなのだ。  だから、バイト先にも顔を出してはいたが、まさか既に連絡先を百通ももらっていたとは。  由々しき事態である。
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