時の向こう側

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 「今日も残業ですか?」  患者の排泄介助中に、ケアワーカーの幸田は後ろから同僚の福山に声を掛けられる。  「ええ」  幸田は手際よく患者のズボンの後ろを掴み、ポータブルトイレからベッドに移乗する。  「尿意を訴えられてましたから」  終業時間は19時だが、30分過ぎていた。  「残業代付けて貰って下さい」  主任に相談すれば残業代は付けて貰える。  「たかだか30分位、大丈夫ですよ」  30分で患者の健康と一生を護れるなら安いものだと倖田は考えていた。  「せめて、他のワーカーに変わって貰えばいいのに、遅出か夜勤かに」  「その間我慢させてしまうと、膀胱炎や尿閉塞から尿路感染になる可能性もありますしね。そうなると導尿処置をしなくてはいけなくなります」  「それもそうですね」  導尿処置は、管を通して排泄されるが、一番尿路感染が起こりやすい。ミルキングして尿の通りをよくしたり、定期的にパックを交換しないと菌が繁殖してしまう。 一見トイレに行かずに済む楽な生活に聞こえるが、バルーンカテーテルから自立するのは莫大な時間が掛かる。起立することもなくなるので、下肢筋力は一気に低下する。寝たきりになり、何も出来なくなる。 介護中毒や堕落支援といった誤った介護施設の在り方にも影響がある。  「ぼくは山田さんには、そういう人生の終わり方をして欲しくないんです」  「何時も残業しているのは、そうゆう事だったんだ」  「ぼくの勝手な考えですけどね」  倖田はそういうと個室から退出した。
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