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「サクラ! 行くよ!」
浩介に呼ばれてから、あたしはもう一度部屋を振り返る。
空っぽの部屋。
日差しが明るい窓の近く、あたしに笑みを向けている彼女。あんたはそこが好きだったわね。
「あんたともサヨナラね」
返事はない。いつだってそう。
彼女は何も言わない。ただ、笑っているだけ。
この部屋に来た当初は驚いたけど、寝ている浩介の布団を直したり、部屋を掃除したり、物の位置を直したり、とにかく浩介やあたしに危害を加える気などないのだと知って安心した。
窓際が彼女の定位置。
今どこからか聞こえている歌が好きなのか、そこから見える景色が好きなのか、よく窓を開けていた。
だから、浩介の仕事の書類が風に吹かれて床に落ちたのを、あの女に「サクラちゃん、いたずらしちゃダメよ」なんて濡れ衣を着せられて、あたしとあの女の仲がまた険悪になるのだ。
でも。
「あんたのこと、あの女よりは好きだったわよ」
あたしの言葉が、彼女に届いたとは思わない。
あたしがギャーギャー喚くのも、叩くのも、彼女はいつだって笑顔で見つめているだけだったから。
けど、彼女がとても幸せそうに笑うから、そんなのはどうだっていい。
幽霊に対してこんな感情を抱いたのは、初めてだった。
「サヨナラ」
そうして、あたしは浩介に抱きしめてもらうため、一度も振り返らずに部屋から駆け出した。
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