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「ねぇ水樹くん。同族嫌悪って知ってる?」
それはおおよそ、小学生の口から出たとは信じられない言葉だった。直前に考えていたことも相まって、急に鼓動が早くなっていった。
「私今初めてそんな気分になってるんだ。これが同族嫌悪ってことなんだね。なんだが嬉しい」
「嬉しいって、僕がそんなに嫌いなの?」
「そうだね、嫌い。でも好き」
「訳が分からないよ」
「嘘つき。ホントはわかってるくせに」
彼女の言葉通りだった。僕はまるで自分の中をのぞかれているような感覚に陥ったのだが、同時に手が震えるのを感じた。
水月を初めて正面からしっかりと見据えた時の僕の気持ち、嫌いだけど好き。ピッタリとピースがはまったような気がした。
「ねぇ、この紙に『無し』って書いて、先生が職員室から出て行くのを待って、机に黙っておいていこう」
「ホントに、わけがわからないんだね、倉梨さんって」
僕は結局、彼女の言うとおりにした。翌日、担任の教師から真面目に考えてこいと怒られてしまった。あと、黙って机に置いていくなとも、後付けのように言ってきた。
僕と水月が明確な行動を起こしたのはこれが最初で最後だった。幼いころから『変わっている』と言われてきた価値観を、誰かに押し付ける気はなかった。
そして、ちょくちょく話しているうちに、僕と水月の価値観は驚くほどに似ていることが分かった。それから僕と水月は、休み時間、昼休み、放課後まで己の価値観について語り合った。
主には、世の中で一般的に禁止されていることについてだ。なぜ窃盗は犯罪なのか、なぜ強姦は犯罪なのか、なぜ殺人は犯罪なのか。無論、そんなことは頭の中ではわかっていた。秩序がなくなり、人類が滅ぶからだ。しかし僕たちの疑問はそんなところになかった。なぜ犯罪は禁止なのか、ひいては人類にそれだけの価値があるのかということである。小学2年の秋ごろから語りだし、水月が転校するまでの約三年半、一時この議題について語り、二人のネタがなくなればとりあえず打ち切り、そして思い出したころにまた議論を再開、のようなことをずっとしていた。
結局、結論はでなかった。
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