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「やあ兄さん。近頃、このあたりじゃあ霧が出ることも少なくなってきたんかなあ」
夜、人里離れた山間の小径で、急に話しかけられたこともあり、俺は驚きを隠すこともなく、まるで闇そのもののようなその声の主を凝視した。
その夜はいつになく濃い夜霧が出ていた。それでいて天は晴れ、満月がポッカリと浮かんで見える。なんとも不思議な夜だった。
霧か……、なるほど、調べたわけではないが、子供の頃に比べ霧だとかの回数は減っているような気がする。しかしまったく無い、というわけでもない。なんとなく減っているような気がするだけである。それに、そんなことは俺にはまったくもって関係の無い話だ。
「そうでもないかい?」
俺からの返答がないとみると、その者は問いかけを重ねた。
「いや、分からん。分からんが興味もない。それよりもアンタは誰だ?いったい、いつ、どこから沸いて出た?俺には姿のない者にする話など何も無い」
本当にソイツがいつからそこに居たのか皆目検討もつかない。それに人にものを尋ねるくせに古木の影から離れようともせず、姿、形さえもはっきりとしないままなのである。
「オイオイ俺を知らんのか。俺はどこからも来ちゃあいない。ここに居たんだ。どこからか来たというのならお前さんの方こそだ。お前さんはどこから来たんだい?」
最近増えよった彷徨者(ほうこうもん)かあ……と、立ち去ろうかとも思ったが、その夜はなにしろみごとな満月であった。満月の夜の不作法は避けるが善いという。また、魂のやりとりが行われるともいう。満月の夜には穿通世(うがつよ)から物者(モノモノ)と云う不確かなる魂が現れ、問答をするというのだ。その問答にモノモノが満足すればよし。しないなれば現人(うつひと)の魂を奪っていくのだとか。そんな話をそのまま信ずるというワケではないが、古き伝えには頼るべき真があると俺は思っていた。
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