別れる話

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「僕は、好きじゃないんだよ」  ひらひら、ひやり。散った桜の花弁を見て、冷や水を浴びせられたようにドキリとした。今、なんて言ったの。彼女は怖くて訊ねられない。彼は彼女の反応鈍いことに首を傾げ、残酷にも繰り返す。 「あのね、僕は君のことが好きじゃないんだ」  それだけで、もう、視界が歪む。突如水の中に潜ったかのように、世界が潤む。呼吸が苦しい。  やっぱり夢ではないんだと、この現実の厳しさに、彼女は耳を塞ぎたくなり、実際、塞いだ。 「ダメだよ。ちゃんと聞いて」  彼は彼女の手を取って、ゆっくり耳から、ひきはがす。彼女は小刻みに震えていて。 「どうして、そんなこと、言うの?」  信じられない考えられない。どうしてそんなこと言うの? 彼女の頭は疑問符ばかり。疑問符で埋め尽くしてさえおけば、後は何にも入らないとばかりに、言葉の拒絶を身体で示す。  大きく大きく、首を横に振る。いやいや、いやよ。私はいやだ。 「聞き分けのないのは好きじゃない」  彼氏はどこまでも冷たくて。  彼女の震えは大きくなって。  そういえば。前にもそんなことを言われたと、記憶の糸を掴んでみる。それは桜の花びらのように小さい糸。でも、たしかに温かな糸。  そうだ。あの時だ。そして私は何て言ったんだったっけ? 「ダメだよ。今はもう、いいんだ」  彼の宥めるような口調に、わずかな安堵がこみ上げる。話の内容はとても冷ややか。なのにどうして口調は温か? そんな疑問符も、頭に浮かび。その答えはすぐに出てきそうだったけれど、どうしてかすぐにひっこめた。彼女は慌てて引っ込めた。 「悲しいのは、一回でいいんだよ」  彼が微笑む。彼女は気付く。そして気付いてしまったことに、酷く後悔を募らせる。
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