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「いや。いやいやいやいや!」
それは幼い子どものように。実にわがままな赤子のように。
「やだ。そんなの、嫌だから。そういうことでよ? 私に嘘、吐いたんでしょ」
彼女の涙は止まらない。もっと彼を見ていたいのに、ピンクで霞む。それは桜が見せた幻影のように。彼の存在がゆらめいて。
「聞き分けのないのは好きじゃない」
彼女は言う。そして掴んだ糸をしっかりと引っ張った。
「それが最後だった。最後の私とのやりとりだった。それで、出てっちゃって、ケンカしたままで。ちゃんと仲直りしようって、私は決めていたのに」
好き好き大好き愛してる。そんなあなたの帰りを待って。
だけどあなたは帰らない。
帰らぬ人は、帰れない。好き好き大好き愛してる。
彼女の元に、帰れない。
「嘘が嫌いなの、知ってるでしょ」
彼は苦笑。弱ったな、と小さく呟き、微笑する。
「そっちの方がいいかなって。だって、悲しい記憶は引きずりたくないじゃないか。単に好きじゃないからいなくなった、の方が、君も整理がつけやすいかなって。それに、君は、進まなきゃいけない」
彼女は気付く。停止していた時間に気付く。気付けば毎日ここに通っていた。桜の木の下。濃厚告白の、思い出の場所。
「あなたがいないのにどうやって進むの?」
彼女は問う。
「それはね」
彼は答える。
自分で探し。
自分で見つけ。
そうしてやっと、進める一歩だと。心の中で思い、しかし言葉にはせず、ただ、彼女に笑いかけた。
「なに?」
「ううん。嘘吐いてごめんって思って」
「私のこと。嫌い?」
「ううん、好き」
彼はひらり、と舞い上がる。
「好き好き大好き愛してる」
夕焼け赤い空の下。
桜舞い散る丘の上。
一人の女が泣きに泣き。
小さく一歩、踏み出した。
桜は微笑み吹き上がる、その花びらに振りかえり。
その美しさに目を見張り。
彼女もようやく笑ってみせた。
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