桜吹雪に想いをのせて

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 最初はただの情報収集のために近付いた人間のうちの一人に過ぎなかった政だが、身体の弱い弟のために懸命に看病したり、山崎に薬や身体にいいものを訊いたりする姿に、頭の隅にその名前と顔が記憶されるようになり、気が付けば情報収集とか関係なく自然と政の家に足を向けるようになった。  ただの世間話をしたりするようになって、自分によく笑顔を見せてくれるようになった政の仕草や表情の変化に敏感になったのはいつからだったか。いつしか山崎は政の笑顔に、名前を呼ぶ声に、惹かれるようになっていた。  政の口から呼ばれる「秋谷」の名前に嫉妬するようになったのは、いつからだろう。  監察方として人目を忍んで仕事をするのが役目の山崎は、決して自分の素性が知られるわけにはいかず、仲間以外の者と接する際はいくつもの偽名を使い分ける。それが当たり前で、「秋谷」もそんな偽名の一つだった。  そうすると決めたのは自分のはずなのに、決して政の口から自分の本当の名前が呼ばれることはないという事実が、切なく、苦しく、悲しかった。
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