1話 蝶の館

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 大井(おおい)圭(けい)吾(ご)は、鏡の前で長く伸ばした前髪を掻き上げ、自分の顔をじっと見ている。そして時々額をなでる仕草をしている。  彼の気掛かりは眉間のすぐ上にある大きな黒子(ほくろ)である。いや、黒子とは言えない、直径1センチ位の、少々潰れた半円球の形をした突起物である。全体は鮮やかな紫で、茶色の斑模様が入っている。それが皮膚の下にあって、透けて見えているのである。皮膚の上から触ると、硬くてすべすべしている。  フー。彼は大きな溜息をついた。  それは、小さい頃からずっと、からかわれる元凶となってきたものである。中学に入ってからは、前髪を長く伸ばして人に見られないように気を付けてきた。高校二年になった今では、知っている者は極わずかである  コンシーラーで突起物の色を消し、前髪を丁寧に撫で付けた。そして最後にニコリと笑顔を作り、それを確かめてから部屋を後にした。  二時間後,圭吾は観光バスに揺られていた。バスはほぼ満席である。 「皆様、本日は青空観光の、新緑の森と蝶の舞う洋館ツアーに、ようこそお越し下さいました。本日は、これから爽やかな新緑の森へ行きまして、その後昼食、湖で遊覧船に乗っていただきまして、最後に、洋館にて美しい蝶の姿をお楽しみ頂きます。えー、本日の運転手は―――」甲高い声のガイドの説明は続く。  五月になりクラスで同じ班になった五人は、休みを使って日帰りバスツアーに行くことにした。圭吾の隣には幼馴染の上坂偲(うえさかしのぶ)、後ろの席に山上(やまがみ)静(しずか)と瀬戸(せと)咲(さく)夜(や)が座っている。  五月だというのにうだるような暑さが続いていた。人々はすでに夏の装いになっている。  車内はクーラーがついているのだが、窓際は日差しが強くとても暑くなっている。小柄で色白な咲夜は、額に汗を浮かべながらガイドの話を無視して話し始めた。 「暑いね,ほんと暑い。それにしても、銅(どう)島(じま)君も来れたらよかったのにねえ。ほんと。でも風邪だからしょうがないよね。しかし楽しみだよね。蝶ってどんなかなあ。銅島君が予約だの全部してくれたのになあ。船、乗ったら涼しいかなあ。」咲夜のとりとめのない話はいつまでも続く。立ち上がって前の席に身を乗り出して話す咲夜に、圭吾は爽やかな笑顔を見せて頷いている。偲も端正な顔を更に魅力的にさせる笑顔を見せている。
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