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偲の笑顔は圭吾が教え込んだ。極度のコミュ障である偲は、話すことがとても苦手である。人と話すのを恐れるあまり身構えて硬い表情になる偲は、生意気、冷たい人と思われがちだった。家が近く、小さい頃から仲が良かった二人。偲は人間関係に悩むと常に圭吾に相談を持ち掛け、圭吾は対処法を教えてきた。
小5の冬、誤解されやすい偲に、圭吾は笑顔の特訓をしたのである。圭吾自身、毎日練習して魅力的な笑顔を身に付けていた。そして彼はそれをコミュニケーションの万能ツールとして大いに活用してきたのだ。その笑顔を伝授したのである。
「それにしても、三人の笑顔、ホントすてきだね。同じクラスで良かった。ウンウン。」咲夜は体をねじって、顔を静の方に向けた。静はすらっと伸びた指で長い髪を耳にかけながら、にっこりと笑顔を返した。
圭吾は静と一年の時から同じ美術部であったが、彼女は常に女子の中にいて、男子が気軽に話しかけられるような存在ではなかった。しかし同じ班になって話してみると、いつも冷静で、自分の意見をしっかり相手に伝えられる子であった。
「銅島君は家で寝てるのかなあ。残念だろうねえ。」咲夜は圭吾の方へ顔を向けた。その瞬間静の表情がスッと無表情になったのを、圭吾は座席の隙間から見てしまった。
「大井君はどう思う?森は暑いのかなあ?」咲夜の話題はあっちへ飛びこっちへ飛び、言いたいことがつかめない。
圭吾が咲夜と同じクラスになったばかりの頃は、咲夜はいつもハーハーと荒い息をしながら背中を丸め、だるそうに俯き、誰とも話さなかった。同じ班になって、圭吾から声をかけて話しやすい雰囲気を作ると、人が変わったように話し始めたのだ。
「圭でいいよ。こっちは偲ね。」圭吾は偲を指差した。偲はもう一度美しい笑顔を見せた。
「うわああ、感動だよ。ポイな。ウンウン、ポイポイ。友達っぽい。じゃあ僕は咲夜って呼んでね。」咲夜は疲れたのか、ひとつフーっと大きな溜息をついて、やっと席に座って続けた。
「山上さんは‥‥やっぱり山上さんだよね。女の人だものね。じゃあ僕のこと、咲夜って言ってもいいんだよ‥‥あっ‥言いにくいか。あはははは、ごめんごめん。」
静の表情が気になった圭吾は座席の隙間から見たが、角度が悪くて見えなかった。
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