2人が本棚に入れています
本棚に追加
「ふう」
大人の余裕を取り戻すように、俺は頬杖をついた。そうだ、俺に仕事をくれたのは、あの子じゃないか。勤め先が次々無くなって焦っていた俺に、突如として現れた救いだった。どうしてあんなくだらないことを言ってしまったのか。どんなにひねくれたことを言おうが、あの子はまだ七歳。親や親戚とも一緒に暮らしていないのに、気丈にふるまっていたじゃないか。かわいそうなことをしてしまった。今頃、一人での留守番に心細くて不安がっているかも。
俺ははたとあることに気づいた。今日で、契約書を交わしてからちょうど一週間だ。前職は、二週間で勤め先が消えたのだった。百貨店勤務の六週間から、二週間の喫茶店まで、今までは一週間ずつ倒産までのリミットが早まっていた。翔太との同居のインパクトが強すぎて、すっかり忘れていた。今までのセオリー通りなら、俺の雇い主に何らかの不幸が起こるはずだ。
取り越し苦労かもしれない。ちらりとそんな考えがよぎったが、翔太を一人にしてしまったことに、俺は不安を覚えた。低学年の子どもから目を離すべきじゃなかった。後悔した俺は急いでシェイクを飲み干し、椅子から立ち上がった。帰ろう。で、大人げない態度を謝ろう。
それは虫の知らせだったのか。俺はふと顔を上げ、通りに面した窓を見た。何やら慌ただしい。まるでこの店の前から、人が一斉に散っていくような……。
次の瞬間目に入ったのは、街路樹に猛アタックしてこちらに向かってくるトラックだった。ガードレールがトラックに跳ね飛ばされた。遠くの方から悲鳴が聞こえる。俺はその場に立ち尽くして、迫って来る車をただ見つめていた。
そういえば、出かける前に翔太は何て言ったんだっけ。何かに気をつけろって――
窓ガラスを突き破り、店内に車体の半分近く侵入して、ようやく車は停まった。散乱したがれきの下から、鮮血が穏やかに流れ出していた。
最初のコメントを投稿しよう!