第一話  270回目 始

2/11
前へ
/34ページ
次へ
 どうしてこんなことになってしまったのか。  閉店、とでかでかと書かれた張り紙の前で、俺は呆然と立ち尽くしていた。  二週間、わずか二週間前まであれほど繁盛していたというのに。ガラス越しに見える食堂内はいかにもがらんとして、窓際に飾られたしおれかけの花が寂しく見えた。  俺がここに初めてやってきたのは、夏休みに入ろうかという七月ごろだった。週五日勤務のアルバイト募集の紙。『まかないつき』の一言につられ、決して給料が良いとはいえないここで働こうと決めたんだ。  そうだ、給料は。  確か、月末の支払いということでオーナーとは合意していたはずだ。  俺は、おそるおそる華奢なドアノブに手をのばす。ガチャリ。予想に反して、扉は素直に開いた。どうも嫌な予感がする。それが的中しないように、と強く願いながら中に入り、薄暗い店内を見回した。  「おはよーございます。杉会(すぎえ)です……」  返事はない。壁にかけられほこりをかぶった時計が、むなしく音を刻むばかりだ。  まさか。  俺は動悸を感じながら、失礼します、と言って鍵がつけっぱなしのレジを開いた。別に悪だくみをしているからではない。いつもならここにはその週の売り上げがそのままあるはず――  何もなかった。  レジスター内のちりまで持って行ったかと思うほど、見事に中身は空だった。ゼロ。何も残っちゃいない。  現実を思い知らされると、不思議と動悸は止まった。むしろすがすがしささえ感じる。なんだ、いつものことじゃないか。おおかたオーナー一家は夜逃げでもしたんだろう。この店の負債を払いきれなくなったに違いない。商売道具がまるまる残っているところを見ると、相当慌てて逃げ出したのか。俺は、整然と並んだ机や椅子をしんみりと眺めた。お前たちともお別れだな。つい一昨日まで、俺は一つ一つ愛情をこめて磨き上げたものだった。それが、休み明けに来てみれば。  なんにしても、二週間のただ働きは堪える。これから先の生活を考えると、俺にはもはや笑いしか出なかった。  「……どうしよ」  俺は、死ぬかもしれない。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加