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どうしてこんなことになってしまったのか。
閉店、とでかでかと書かれた張り紙の前で、俺は呆然と立ち尽くしていた。
二週間、わずか二週間前まであれほど繁盛していたというのに。ガラス越しに見える食堂内はいかにもがらんとして、窓際に飾られたしおれかけの花が寂しく見えた。
俺がここに初めてやってきたのは、夏休みに入ろうかという七月ごろだった。週五日勤務のアルバイト募集の紙。『まかないつき』の一言につられ、決して給料が良いとはいえないここで働こうと決めたんだ。
そうだ、給料は。
確か、月末の支払いということでオーナーとは合意していたはずだ。
俺は、おそるおそる華奢なドアノブに手をのばす。ガチャリ。予想に反して、扉は素直に開いた。どうも嫌な予感がする。それが的中しないように、と強く願いながら中に入り、薄暗い店内を見回した。
「おはよーございます。杉会(すぎえ)です……」
返事はない。壁にかけられほこりをかぶった時計が、むなしく音を刻むばかりだ。
まさか。
俺は動悸を感じながら、失礼します、と言って鍵がつけっぱなしのレジを開いた。別に悪だくみをしているからではない。いつもならここにはその週の売り上げがそのままあるはず――
何もなかった。
レジスター内のちりまで持って行ったかと思うほど、見事に中身は空だった。ゼロ。何も残っちゃいない。
現実を思い知らされると、不思議と動悸は止まった。むしろすがすがしささえ感じる。なんだ、いつものことじゃないか。おおかたオーナー一家は夜逃げでもしたんだろう。この店の負債を払いきれなくなったに違いない。商売道具がまるまる残っているところを見ると、相当慌てて逃げ出したのか。俺は、整然と並んだ机や椅子をしんみりと眺めた。お前たちともお別れだな。つい一昨日まで、俺は一つ一つ愛情をこめて磨き上げたものだった。それが、休み明けに来てみれば。
なんにしても、二週間のただ働きは堪える。これから先の生活を考えると、俺にはもはや笑いしか出なかった。
「……どうしよ」
俺は、死ぬかもしれない。
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