第二話「倫敦の吸血鬼 前編」

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第二話「倫敦の吸血鬼 前編」

 切り裂きジャック事件から一月。時は十二月。  黒服。それは大英帝国の対魔術諜報組織。  倫敦塔の地下に隠された秘密の集団。  陽の光の届かぬ地の底に、玉兎はランプを手に下って行く。  正面には巨大で大仰な扉があるが、その下部には一般的なドアもついており、そこから入る玉兎。  中は、図書館と博物館を衝突させたような雑多な空間であった。 「遅かったの」  部屋に入った玉兎へ声をかけたのは、司書の机らしきものに座る小柄な老人。  顔なのかヒゲなのかもわからないほど、顔面を真っ白いヒゲがおおっている。  毛玉が、小さな黒スーツに乗っかっている風体である。 「B・Bだけか?」 「レイヴンはいつも通り上じゃな。ゴンベエは先月出たきり戻っておらん。あとは……Yはいるかもしれんな。何か用か?」 「いや、切り裂きジャックを片付けた報告をしようと思っただけだ」 「ふむ? お主、前もそやつを始末しておらんかったか?」 「それはバネ足ジャックだ。五〇年前だぞ」 「ほほ、そうじゃったか。まぁお主も儂も、五〇年なんぞ誤差じゃろう」  毛玉が笑って揺れる。 「流石に貴方には負ける。それより、仕事が片付いたんでな。次の調査案件が無いか知りたい」 「妙に焦っておるな。お主はそんなに勤勉じゃったか?」 「……切り裂きジャックの核に金烏の札が使われていた」 「!」  毛玉がビクりと跳ねる。 「あの札の意味を知った上で、悪用している者がいる。でなければ倫敦で今さらあれが出て来るはずは無い」 「……はぁ……それで他に事件が無いか気にしとるわけか」 「それで、何か調査依頼は来ているのか?」 「いつも通り、眉唾のじゃがな」  毛玉がごそごそ机から羊皮紙を取り出す。  掲げられたそれを受け取った玉兎は、書かれた文章に目を通すと、その顔を歪め、呟いた。 「吸血鬼……だと?」
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