第二話「倫敦の吸血鬼 前編」

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「ここに来るのも久しぶりだな……」  玉兎が向かったのは、倫敦の始まりの場所、シティ・オブ・ロンドンの一角、フリート街。  トラファルガー広場を進んだ先にあり、出版社や新聞社が建ち並び、歴史的建造物も多い。  ホワイトチャペル地区とは異なり、通りがかる人々の身なりも小奇麗である。 「まずは聞きこみからだな……」  玉兎、地道に聞きこみを始める。  しかし、有力な情報は得られない。  と言うより、失血死した死体が次々見つかった事で尾ひれがつき放題の噂となって真贋が滅茶苦茶になっている。  いわく、切り裂きジャックが殺人を再開した、吸血鬼だ、処刑人の亡霊がうろついている……など、逆に情報が多すぎて正しいそれの判断がつかない。  聞きこみの中、パン屋に寄ると、女主人が出て来た。  年の頃は二十代半ばと言ったところで、開放的な雰囲気を持つ女性だった。 「貴方は、このあたりの行方不明事件や失血死体の話を知っているか?」 「ええ……そりゃあ、ここに住んでたら嫌でも」 「話を聞かせて欲しい」 「はぁ、アンタねえ、ここはパン屋だよ?」 「もちろん、パンは買わせてもらうさ。袋一杯な」 「はい、毎度あり」  文字通り、紙袋いっぱいにパンが詰められて渡される。 「で、行方不明事件……だっけ? そうだねえ……こんな噂は聞いたかい? 人がいなくなるのは、決まって霧の日だって」 「霧の日……」 「ああ、で、霧があけると死体が転がってるって寸法さ」 「……ふむ」 (切り裂きジャックは始末した。……だがこの街の霧の中にはまだ別の怪人がいるらしい)  玉兎は女主人に礼を告げ、パン屋から出て行く。
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