甘い蜜

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 わたしが通っている大学は、札幌の市街地のど真ん中に、大きな風穴を開けたようにキャンパスが広がっている。札幌駅の近く、北八条から北二十四条くらいまでの間、マンションやオフィスビルが立ち並ぶ札幌の一角に、まるでそこだけが数十年前からタイムスリップしてきたかのような、豊かな森が生い茂っている。構内に一歩入ってしまえば、そこが百九十万都市の中心部にあるとは思えないほど、のどかな光景だ。キャンパスの真ん中には、森を南北に貫くような形でメインストリートが走っていて、学生だけではなく、地域の住民や観光客の姿もよく見かける。  わたしや沙友里がいる法学部は住所で言えば北九条にあって、講義終わりに札幌駅まで戻るにも便利な立地だった。工学部や医学部などになると、北十三条くらいまで北上しなければならず、キャンパス内の移動には自転車が必須になるというが、わたしたちにはあまり縁のない話だった。むしろ入学したての頃はわたしも自転車を使っていたけれど、鍵をかけ忘れて家の近所のコンビニから盗まれて以降、人間には二本の脚があるじゃないか…と開き直るようになった。  クラーク会館と大学生協会館の間の抜け道を通って、北八条通に出る。西五丁目樽川通に当たるまで東に進み、南に進路を変えると、やがてはJR札幌駅の西口に辿り着く。便利なのはよいのだが、金のない時にこの道を通ってしまうと、札幌駅のショッピングモールにたちまち金を吸い取られてしまうという魔力がはたらくことになる。  しかし今日のわたしは、なんとなく真っ直ぐ家に帰りたくなかった。西五丁目通を越えてさらに東に行けば、十五分足らずで家に着くのだけれど、なんとなく今日は寄り道をして帰りたい。 こんな風に気分屋だから、なおさら恋人なんてものが遠のいていくんだろうな…となんとなく感じながら、わたしは黙って、西五丁目通との交差点を右に折れた。
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