甘い蜜

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 ぼんやりと歩いていると、JR札幌駅の高架下に入った。頭の上を列車が通過していくたびに、頭の上を列車が走り抜ける轟音と同時に、地面がぶるぶると震えるのを感じる。薄暗くてうるさい高架下を避ける人も多いみたいだけれど、札幌駅は駅自体が高架駅だし、あえて迂回して人でごった返す駅の中を通る意味がどれだけあるのだろう、とも思う。わたしはむしろ、一応は外の空気のうごきを感じることができる高架下を好んで通ることが多かった。  違法駐輪された自転車を避けつつ歩きながら、高架をくぐり抜けて、交差点で赤信号に行く手を阻まれた。せっかくだし角にある紀伊国屋で本でも買って帰ろうかな…と思っていると「お願いしまーす」という声と共に、二つほど、ポケットティッシュを手渡された。  この交差点では年中、いろんな業者によってポケットティッシュだのチラシだのがばらまかれている。今日はいったいどこの広告が入っているのだろう。三日前に受け取ったインターネットカフェのティッシュは、なぜか形が長方形でなく正方形で妙に使い勝手が悪かった…と思いながら、手渡されたティッシュを見やる。一般的なポケットティッシュと同じく、長方形だったことに少し安堵した。 (―ラズベリーメール)  ティッシュを包むビニールには、ショッキングピンクを基調にして、ポップなフォントで宣伝文句が並んでいる。名前から類推すると、これがいわゆる「出会い系サイト」というやつだろうか。使ったことはないけれど、昔からテレビやネットのニュースを観ている限りでは、どうもダーティーなイメージがつきまとう。これで本当に年間に何千何万組の男女が出会っているのなら、途中で破局する数を勘案しても、この国の少子高齢化問題はもう少し解決に向かっていたっていいのではないだろうか。  まあ、とりあえず、手持ちのティッシュがひとつ増えたから、いいか。  わたしは呑気にそんなことを考えながら、ティッシュを鞄の中に放り込んだ。  ほぼ同じタイミングで、信号が青になって、さほど広くない交差点に人の波ができあがった。その波に紛れるように、わたしは対角線上にある紀伊国屋に向かうべく、歩を進めた。
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