甘い蜜

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「えっ、ってことはあんた、まさか」 「うん。サイトで知り合ったの」  テーブルを挟んで向かいに座る明日香は、それがどうした、とでも言いたげな表情で、サンザシ酒の水割りが入ったグラスを傾けた。改めて見ても、明日香は可愛い子だ。頭の大きさはまるでアイドルみたいに小さくて、肩に触れるか触れないかくらいの黒髪、ぱっちりした瞳に美しい形をした鼻梁が目を引く。桜色の唇はグロスで色っぽく光っていて、童顔の明日香にしては、いつもより大人っぽく見えた。  たまたま、わたしが紀伊国屋で適当に文庫本を漁っていると、後ろから「桜ちゃん?」と声をかけられた。振り向くと、タータンチェックのマフラーにベージュのダッフルコート姿の明日香が立っていたのだ。さすがにマフラーはそろそろお払い箱だろうと思うのだが、わたしは暑がりだから、もしかすると世間一般ではまだ、夕方のテレビに出ている気象予報士よろしく「春が待ち遠しいですね」という認識が多数派なのかもしれない。  明日香が「せっかくだし、一緒にごはん食べない? あたし、たまには桜ちゃんとゆっくり話したいと思って」と言うので、その誘いを無下に断るのも、気が引けた。そうして適当に時間を潰したわたしたちは、札幌駅の向かいにある商業ビルの中のイタリアンバルにいるというわけである。 「怖くないの? そういうサイトって」  わたしが訊くと、明日香はくすくすと笑った。 「へえ、桜ちゃんにも怖いもの、あるんだ」 「いや、そりゃあるでしょ。一応は女なんだから」 「そうだよねえ。でも、使ってみたけどそんなに恐ろしいものじゃないよ」  明日香は決して「あはは」と声を出して笑わない。目元と口元で笑みを作ってみせるだけである。
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