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タクシーがゆっくりと停車する。
白い壁に囲まれた二階建ての施設。
コートを脱いで中に入ると、そのロビーは暖房が入っていないようで少しひんやりとしていた。
数人がそれぞれテーブルを囲み談笑する中、ロビーの奥には大きなテレビがかけられている。
椅子に座ることもできず、コートと鞄を両腕で握りしめたままロビーの壁を背にして佇む。
心臓の音が頭の中で響く。
その鼓動に合わせて手が震える。
吸って吐いて、吸って吐いて。
何度繰り返しても、上手く酸素が行き渡らない気がする。
その時、廊下の先にある扉が重そうな音を響かせた。
施設スタッフに付き添われて、見覚えのある人が姿を現す。
目の前が一気にぼやけるけれど、夢中でかけよれば、昔と変わらない瞳が私に向けられた。
恐る恐る手を伸ばして、腕を掴んだ。
「綾乃……ごめん」
「……ふっ……っ」
「ごめんっ」
少しだけ細くなった腕で私を力強く抱き締めてくれるその人に、たくさん伝えたいことがあった。
たくさん聞きたいことがあった。
でも、それらは言葉として私の唇から発せられることはなく、ただ嗚咽だけが零れていく。
戻る日を信じて検見川の浜で待ち続ける日々が蘇る。
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