第1章

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貴重な3連休の初日の土曜日、その午前中にすやすやと惰眠を むさぼっている所を連続三回のピンポンチャイムでたたき起こされて 笑顔で応対できる40目前の男性がいるだろうか。 否。およそこの世の中にはいないだろう。そんな聖人は天国にしかいない。 布団からまだけだるい体をムリヤリ起こして立ちあがり、 冷蔵庫の脇のインタフォンをとる。 「はい?」地獄の底から出てくるような声。 かえって来たのは対照的にそこぬけな明るい声。 『郵便でーす。』だと。なんの嫌がらせか。 俺はもう心底うんざりしながらドアチェーンを外してドアを薄く開いた。 「はい。」もういちど地獄の底から出てくるような声。 外に立っていたのは歳のころだと20代前半ぐらいだろうか、 郵便局のヘルメットからもじゃっとした髪の毛がはみだしている 若者だった。 「えー、ホッター ススムーさまーでーよかったでしょうかー」 「はい。」さらに地獄の底の底から出てくるような声。 「えー、住所のおー、転送届が切れてたんですがー」 なんだこのカンにさわる喋り方は、と俺がイライラしていると 郵便配達人の若者は手に持っていた封筒を私に差し出した。 「新しい住所とおー、紐づけできてましたのでえー本人確認だけ おねがいしますうー。ここにサインをー」 左手がさっと紙とペンを一握りにして差し出した。 俺は無言でうなづいて「受領欄」に自分の名前をフルネームで 書いて、封筒を受けとる。 「ありがとうーございまーす」 郵便配達人は書類をポケットにしまうと外にとめてあった配達バイクの ほうに戻っていったが、すでに俺の意識は封筒の方に向けられていて 彼の顔立ちやイライラさせられた喋り方すらも記憶からたちどころに 消え去っていた。 封筒には「中豊小学校 50周年記念同窓会」の印刷。 すごく興味をひかれたというわけでもなかったが、十数年以上ぶりに みた母校の名前に、一瞬の間でさまざまな記憶が呼び覚まされ しばらく玄関口でフリーズしていた。 「どうそうかい、か…」 俺は独り言ちながら先ほどまで睡眠にふけっていたベッドへと 再び寝転がり、封筒の封を破った。 中には白黒コピーのチラシと返信用のハガキが入っている。 『皆様にはお変わりなくお元気でお過ごしの…懐かしいお話に花を 咲かせましょう…公私共ご多忙中とは思いますが…万障お繰り合わせの 上出席されますようご案内申し上げます…』
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