第1章

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タイムカプセルの事で思わず帰ってきてしまったが、正直顔と名前が一致する相手は ひとりかふたりぐらいかもしれない。ましてや記憶にも外見にも 年月というぶ厚いヴェールがかかっているだろうし。 いまさらだが不安になってきた。ボッチはいやだな…。 ただ、そうは言ってもしょうがない話だ。 あまり他人との深い関りを持たない生活をしてきた人生のツケが回ってきたのだろう。 『あなたは他人にあんまり興味がないのよね』 何年か一緒に暮らしてきた女性にも言われた言葉だ。 そうなのかもしれない。 道路に落ちる俺の影が伸びきって夜の闇に消え始めたころに実家についた。 この辺りは元々山だった所を切り開いてつくったので、駅から続く住宅街も団地も 坂の上に建てられている。その坂を下り切ったあたりにある建売住宅の一角が 俺の実家だった。前に来たのは1年半ぐらい前か。 久々に見る実家のドアチャイムを押すとゆるい感じのピンポン音。 『はい?』俺に似た地獄の声からでてくるような低い声。 「俺です。ススム」 『ああ』 短いやりとりのあとドアが静かに開いて白髪を短く刈り込んだ老人が姿を見せた。 俺の父親だ。 「悪いね、急に来て」 「今日はヘルパーさんも来ない日だからな。飯は食べたのか?」 「まだだけど、なんか適当にやるよ。」 「そうか。」 俺の父親はこの町で生まれ、育って、働いて、家庭を築いて、 老いてここで一人で暮している。母は1年半前に亡くなった。 「とくに変わりない?」 荷物をおろしてとりとめのない質問をする。 「ああ。特に、かわりない」 父親は居間のソファに腰かけてぼんやりと答えた 「最近は生きるためだけに、生きている感じだな」 親父は一昨年ぐらいに腰を悪くしてから歩くのが少し難しくなり 週に3回ほど介護ヘルパーさんに来てもらって周りの世話を してもらっていた。要介護レベル2だ。 別にボケているわけではないしちゃんとメシも食べる。 ただ、もうやることがないのだろう。移動が難しくて 特に趣味らしい趣味もないとなれば、本当に生きるために生きてる感じに なってしまうのだろう。短い言葉だったが本音を感じた。 「お前の方はどうなんだ」 「…まあ、ぼちぼちかな」 「嫁さんと別れたんだろ」 「1年以上前の話だよ、それ」 「そうか…。」 親も息子も久しぶりに会うと何をどこまで話したかなんて忘れてしまう。 人の記憶なんてアテにならないものだ。
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