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第一章
地面を打つその“雨”は、潮の香りがした。
渡り廊下から正弘はそれを見つめながら、唖然としていた。
「驚いた」
正弘は思わずつぶやいていた。
その場に座り込んでいた“彼女”はそれを聞いて彼を見る。
「ありがとう、森川」
驟雨(しゅうう)にぬれたグラウンドを前にして、彼は彼女に言った。
時折鳴るドーン、という轟音に正弘は肩を震わせた。
彼女はわけがわからない、という目で見ていた。
「ありがとう……なの?」
「そう、そうだよ」
「なんで?」
「俺は……感謝してるから」
最初は戸惑っていた彼女も次第に気持ちを汲み取ってくれたようで、うれしそうな笑顔を浮かべ正弘を見返してきた。
「やった」
そして控えめまガッツポーズをすると、
「私もね……ありがとう……“ ”」
「あー……」
目蓋を何度かつむっては開いてを繰り返し、夢の内容を反芻する。
最近になって、よく見るようになった懐かしい思い出。
八年前、彼が実際に体験した奇妙な事件に関する夢だ。
いい思い出ではないけれど、悪い思い出でもない……はずだ。
正直、あまりに昔のことで自分から記憶の糸を手繰ろうとしても、その手がかりすら掴めない。
だから、こうして夢を見ては、その内容をなんとか自分の中にとどめようとしているのだが、肝心の部分をとらえることができていない。
――今日もだめだったか。
仕方なく身体を起こそうとして、
「?」
そこで身体に違和感を覚えた。
……これは、金縛り?
古くは幽霊にのしかかられている心霊現象だと言われていた現象。
でも、現代では脳が覚醒しているのに身体が起きていない状態だと科学的に解明されている。
正弘もそのことは知っていたが、瞳を開いた瞬間に“本物の金縛り”に遭遇したのではと思ってしまった。
なにかが自分の胸の上に乗っている。
「んん~!」
剃刀を持った人影がうめき声をあげながら、彼の胸元あたりに馬乗りになっていた。
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