第一章

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「もーう! 心配させないでよね!」 と言って、頬ずりをはじめた。 「私、心配したんだからね!」 「うん、ゴメン」  ミチは死んだ魚のような目をしながら、ハルの頬ずりを耐えていた。 「まーくんが起きてくるのっていっつも遅いから、お手伝いしようと思って」  どうやらミチは正弘が朝起きてくるのが遅いため、身支度を手伝おうと思ったらしい。  その実、彼はただ起床する時間が遅いだけなのだが。  すると、ハルは頬ずりを一瞬だけ止めて正弘をにらみつけると、 「ミチが怪我してなくて命拾いしたな」  とはき捨てた。 「ああ、うん。ほんとに助かったよ」  ハルは血を分けた姉妹であるミチを溺愛する、極度のシスコンだった。  もしミチが少しでも指をきったりしていようものなら……想像するだけでも身の毛がよだった。 「ハル、けんかはダメだよ……だって今日は――」  ハルに訴えかけるようなミチの視線。  ――ああ、そういえば、今日はみんなで遊園地に行こうって約束していたな。  彼女は正弘が遅れないようにと気をまわしたようだった。  ハルにもそれはわかったようで、 「だから、正弘のひげを剃ろうと?」 「そう! でも、まーくんおひげ生えてなかった」 「そりゃ、まだでしょうね」 「なんで?」 「なんで、って……まだ大人じゃないからでしょ?」 「でもハルちゃんは持ってるよね? ハルちゃんは大人なの?」 「私が? ……ああ、まあ剃刀自体は持ってるけど」  すると、ミチはハルの顎に手を伸ばした。 「きゃ! ちょ、こそばゆい!」  ハルが笑いながらミチの手から逃れようと身体をそらした。 「ハルちゃん、あごにおひげ生えてないよ?」 「生えたら困る! あれは腕とかスネとかを剃るためのものなの!」  すると、ミチはぽかんとした顔で言った。 「ハルちゃん、スネにおひげが生えてるの?」  正弘はその一言に堪え切れず噴き出してしまった。  すると、ハルは首まで真っ赤になりながら、正弘をにらみつけた。 「なに笑ってんの! 早く支度しな!」
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