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逢桜は父でも母の文字でもない、祖母 絹江の手による達筆な手紙を思い浮かべた。
『逢桜様
逢桜に手紙を書くのは初めての事ですね。
立志式にあたり本来ならお父さんやお母さんが手紙を書くのが良いのでしょうけど、逢桜と名付けさせてもらったのはおばあちゃんなので許して下さいね。
そして此れから書く事はちょっぴり気恥ずかしいので、おばあちゃんと逢桜の二人だけの秘密にして下さい。
逢桜の名前は、桜の季節に産まれた貴女と逢えた喜びを忘れないようにと名付けたと、以前に話した事があったと思います。
その事に違いは無いのですが、もう一つ話していない事があるのです。
「この桜はずっと変わらないな」
「ええ、光一さんと出会った時から変わらず見事な花をつけますね」
国民学校の校庭で桜を見上げる若い一組の夫婦の姿があった。
妻は絣のモンペ姿、夫は山鳩色の多少擦りきれた国民服を纏っていた。
「来年も二人一緒に見る事が出来るだろうか」
夫がポツリと呟いた。それが聞こえたのだろう、妻の顔が一瞬歪んだように見えた。
「光一さん、それは無理ですよ」
夫は表情を硬くして言葉を失った。そんな夫に妻が言う。
「来年は三人ですよ」
下腹部に手を添え微笑んで見せる妻。
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