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「そうだな」
幾分表情を緩めた夫は、胸ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
それを妻に渡すと、広げて見なさいと妻の顔を見やる。
≪命名 輝≫
「ヒカル… 素敵な名前。
ねぇ、光一さん。
どんな願いが込もっているのかしら?」
光一は真っ直ぐに桜の木を見詰めながら言う。
「絹江のお腹の中の子が産まれた時には、輝くような世の中であってほしい。
輝くような光で周りを照す子であって欲しい。
そして、その子の未来が輝かし物であって欲しい」
「そうですね…」
妻はそっと夫の腕に触れる。
「では、女の子だったら、どんな名前にしましょう」
夫は申し訳なさそうに、己に触れた妻の手に手を重ねる。
「良い名が思い浮かばなかったんだ。
それに絶対男のような気がするんだよ」
「まぁ、一体なんの自信でしょう」
クスクスと笑う妻にチラリと視線を向けた後、柔らかな声で言った。
「今思い付いたよ。
この桜のようにどっしりと地面に根をはり、流されず自分自身の力で咲き誇って欲しい。
そして私達がこの桜の下で出会ったように、最愛の人に出会って欲しい。
だから、女の子なら
さくら」
「はい」
この数日後、夫は身重の妻を残し出征して行った
そして二度と桜を一緒に見る事は無かった。
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