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オーナーはカウンター横のドアを入り、厨房側に回ると、持っていた紙袋をシンク横の台に置く。そして、中からフランスパンや卵を取り出し、所定の位置に収めていく。
片付けが終わると、「お待たせ。コーヒーでいい?」とニッコリ微笑む。
ドギマギしながら「はい」と返事をすると、コーヒー豆をミルに入れ、カリカリと挽き始める。途端に濃い芳ばしい香りが漂ってくる。
挽き終わった豆をドリッパーの移し、ステンレス製のケトルでお湯が注がれると、更に芳しい香りが立ち上り鼻腔をくすぐる。
ジッと見つめていたからだろうか、「普段はハンドドリップはしないよ。いつもはアレ」とマスターが指した先には業務用のコーヒーマシーン。
弥生ちゃんから厨房はマスターだけと聞いていた。
なるほど、と小さく頷く。
視線をもう一度サーバーに戻し、ポタポタ落ちる黒い液体を見つめていると……ゴクリと喉が鳴る。
「コーヒー、好きなの?」
ゴクリを聞かれた! また恥ずかしいことをしてしまった。
「……はい。父が好きなので、家にいる時はいつも付き合って飲んでいて。でも、今は金欠で、インスタントもなかなか飲めなくて……あっ、いえ……」
あぁ、余計なことを……。
オーナーはクスッと笑って、そうなんだ、と穏やかに言いながら、ソーサー付きのコーヒーカップをカウンターに置く。
これ、マイセンのブルーオニオン。数万円するものだ。
「お代わりもあるから、遠慮なくどうぞ」
そう言って、オーナーは大きなマグカップに口を付ける。
私もマグカップでよかったのに……恐る恐る高価なカップを手にし、一口啜ると途端に笑みが零れる。
「わぁ、美味しい! 癒される味ですね」
「素敵な感想をありがとう。嬉しいよ」
あれっ、今、眼鏡の奥の瞳が輝いた?
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