1

3/4
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「ねえ兄さん、こんな勝負もうやめようよ」  清は顔を上げ、懇願するように賢の顔を見つめた。 「やめてどうする? 店も小麗も俺に譲るか?」 「店は兄さんが継げばいいよ。でも小麗は譲れない。僕と彼女が好き合っていることは兄さんも知ってるだろ?」 「知ってるとも。だがこの勝負で勝てば彼女は俺の妻になる。大旦那様の意向には誰も逆らえん」  賢の双眸が冷たい光を放つ。  清は仕方なく白石を握り、盤面に視線を戻した。  上辺の闘いでは白が勝ち、一旦優勢になったが、その後右辺のコウ争いを黒が制し、接戦のまま終盤にもつれ込んだ。形勢はほぼ互角、いや、僅かに白が悪い。  大ヨセを終え小ヨセに入ると、清はすかさず目を数えた。このまま行けば黒の三目勝ち。恐らく賢の方も計算は出来ているだろう。白が勝つためにはどこかで逆転しなければならないが、小ヨセまで行ってしまうと三目差はそう簡単には詰まらない。  清は必死の形相で逆転の一手を探した。  が、中々見つからない。  固まったように動かない清の肩に桜の花びらが積もり始めた。 「……僕の負けだよ。三目負けてる」  大長考の末、ついに清は投了した。  がくりと肩を落とし項垂れる清を、賢は鷹のように鋭い目で睨みつけた。 「もう諦めてしまうのか?」 「えっ?」  賢の言葉は清にとっては予想外であった。  四半刻以上も考えた末に投了したのだ。諦めが悪いとは言われても、早いと言われるとは思わなかった。  賢はなぜこんなことを言ったのか?  じっと兄の目を凝視して、ようやく清は気付いた。どこかに逆転する手があるのだ。兄弟だからわかる、賢の目はそれを見つけてみろと言っている。  清は再び盤面に目を戻した。  しかし、どんなに考えても良い手が見えてこない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!