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プロローグ
「冬は死の季節なんだよ。」
学校の屋上で彼女がそう呟いた時、僕は彼女に背を向けていた。それまで僕が彼女に抱いていた印象はとても明るいものだったので、その時の彼女の声色、抑揚、言葉使いに、僕は彼女がいつのまにか他の誰かと入れ替わったのではないかと疑ったほどだった。
「草木は枯れる。」
僕はこれまで彼女とまともに会話をしたことがなかった。嫌いとかではなく、単純に興味がなかったのだ。彼女だけではない。彼女以外の誰とも、僕は必要最低限な情報交換しかする気がなかった。それでいままで事足りていたのだ。
「虫は死ぬ。」
だから彼女が話かけてきても、いつも僕は無視をしていた。だけど今は言葉は返さずとも、身体が彼女の言葉を受けてしまっていた。
「卵は地中で時を止める。」
彼女の声がさらに小さく、無機質なものになった。聞き取れるギリギリの―けれどその声には彼女の確かな意思があって―僕は彼女の顔を確認せざるを得なくなっていた。
「クマは穴ぐらで息をひそめ」
僕は背筋に冷やりとしたものを感じながらも、彼女を見るために、ゆっくりと身体を動かした。
「ヒトは寒さで思考を低下させる。」
彼女に僕が動いていることを悟られないくらいに、ゆっくりと。急に動けば、彼女が手を伸ばし僕を凍らしそうな気がして、、
「水は凍る。」
僕の視界に彼女が入った。
「空気は凍てつく。」
僕は顔を上げ彼女の顔を見る。彼女は、なんていうか、乾いた瞳で泣いていた。涙こそ流れていなかったけれど、その時彼女は、確かに泣いていたんだと思う。
「冬は世界を終わらせる季節なの。」
その時の彼女の顔は悲壮と喜びに溢れていた。僕は戸惑いながも、自分が彼女に興味を持ったことを感じていた。この世界に悲しみと喜びを両立させた表情があることを、彼女がそうした表情の持ち主だということが、僕の心を揺さぶった。
彼女はそこでしばらく言葉を止め、僕の瞳を覗き込んだ。彼女の黒い瞳に吸い込まれ、僕は心地よい金縛りにあっていた。
僕は、彼女の言葉の続きを待った。彼女はそうした僕の表情を読んでか、口元を綻ばせ、こう続けるのだった。
「だからさ、私はそんな冬をとても魅力的な季節だと思うのよ。」
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