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男は、檜皮色の薄汚れた着物をつかんだまま、朱雀大路から西に走った。 もはや、自分はこちら側の人間になったのだと、空腹のはずの身体に力を漲らせる興奮が、男を走らせた。 凶事が続き荒れた洛中の中でも、朱雀大路の西側は盗人、狐狸の棲み処と化し、もはや洛中と呼ぶのもはばかられるありさまだった。 西寺の塀を回り込んで、ようやく男は立ち止まった。 降りしきる霧雨が、男の身体であたたまり、湯気となって立ち上る。 塀に背を預け、肩で息をつく。 荒い息の間をぬって、男は腹のそこから込みあげる笑いに肩をゆらした。 人気の絶えた都の大路に笑い声が響く。 それに驚いたのか、塀の向こうで鴉の羽ばたく音がした。 ひとしきり声をあげて笑ったことで、興奮が治まってくる。 それでも、手の中にある着物が男に力を与えた。 先ほど、老いさらばえた女から奪い取った着物だ。 老婆は、生きるために他人から奪うことの何が悪いと、そのようなことを言った。 その通りだ。 男は、開き直って死人の頭髪を抜く老婆から着物を奪ったことを、たまらなく愉快に思った。 何をうじうじと悩んでいたのか。 門前の石段に座り、無人の朱雀大路を眺めながら悩んでいた時間が、馬鹿馬鹿しい。     
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