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その男が、女に向かってふわりと手を振ると、老木の根元が動いたように見えた。
それは、次第に明らかに動いているとわかるほどに激しくなり、横たわる女に絡みついた。
老木の根だ。
女は、一度大きく呻いて、すぐに静かになった。
何本もの根が女の姿を隠すほどに絡みつき、やがて何事もなかったように土の中へと戻っていった。
後には、女の姿はなく薄汚れた着物があるばかりだ。
「く、喰われた・・・」
男の声に、老木の裏から白い着物の男が姿を現す。
すべてが整いすぎて、まるで人形のような男だった。つるりとした白い肌に、作り物めいた漆黒の瞳。白い着物のせいか、闇の中でぼんやりと光っているように見えた。
「ば、化け物・・・。人喰いの・・魔物」
男は、腰を抜かして、尻で後ずさりしながら、かすれる声でつぶやいた。
白い着物の男は、たった今喰われた女の着物を拾い上げながら、近づいて来る。
「人を喰らって生きるのが化け物なら、お前も同じであろう。何を思うて女に近づいた?」
姿と同じく、深く美しい声だった。
眼前に着物が差し出される。
男は、震える手を伸ばし、着物を受け取った。
着物が男の手に移った瞬間、白い着物の男の姿が消えた。
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