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腕をおろすことも忘れ、ぶるぶる震える手で、2枚の着物を握りしめて、男は突きつけられた言葉を思い返していた。
――― お前も同じ・・・
俺も同じ。人を喰らって生きる化け物か。
女の身体に絡みついていた無数の根のおぞましさに、肌が粟立つ。
あれと、俺は同じなのか。
はたり、と男の腕が落ちた。
「ああ」
男の口から驚愕の声がもれた。
呆然とする男の前で、老木は次々とつぼみを膨らませ、やがて満開の花を咲かせた。
闇に塗り込められた夜に咲く、匂うように美しい桜だった。
視界のすべてが、薄紅色の可憐な花弁に埋め尽くされる。
はじめての悪事の興奮も、魔物の恐怖も忘れ、男はただ一言つぶやいた。
「・・・きれいだ」
花は盛りを終え、ひらひらとその花弁を散らし、幻のように消え去った。
男は、呆けたまま夜の更けるのも気づかず、老木を見つめていた。
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