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 私たちが出逢ってからというもの、頻繁に少年は私の所に訪れた。  少年(あの子)が来たら猫も現れる。猫もどうやらあの子を愛おしんでいたらしい。  桜と猫と少年と。  果たしてこれはなんという名の仲なのだろう。  それでも、私たちにとってはかけがえのないものであり、幸せな時だった。  ――あの子がいなくなるまでは。  木というのは、ただ佇んでいるように見えて、かなりの情報通なのだ。  根は他の植物と頻繁に交信しているし、枝ははるか遠くを見渡せる。  風に吹かれて舞い散った葉が、噂話を連れてくることもしばしばだ。  他の生物に運ばれた種子や花粉だって、遺伝子だけを抱えているわけじゃあないんだよ。  それに、私は神社にある桜。必要なことの、ある程度は神様から教えて頂ける。  私が何を言いたいかって?  それはね、私はあの子がここに来られなくなった理由を知っているということだ。  ひとは、いつか死ぬ。  あの子は――私たちの愛しいひとは、図らずしてその命を散らした。奪われた。  そして、あの子の骨のひと欠片は、私の根元に埋められている。  ある人が、「せめてアイツが大好きだった場所に」と密やかに埋めたのだ。  神社という神域に、死という穢れを持ち込む禁忌を犯してまで。  でも、猫は愛しいひとの死を知らない。  私に真実を伝える術がないのもあるし、何より猫は"死"がなにかを知らないから。  ――ねえ、あの子はどこに行ったの?  そう問われても、応えてはやれない。  猫は愛しいひとを待ち続け、そしてある日、いなくなった。  ――ここにいないのなら、探してくる。   君の分まで探してみせる。  ――でも、花が咲く頃、また戻るから。   あの子が来るかもしれないでしょう?  そう言い残して去って行った猫が、どんなふうに生きてきたのかは知らない。  ただ、花見の時期に、傷だらけになりながらもひょっこり現れて、私の根元であの子を待った。  ――まだ、来ない。  ――また、来ない。  猫の声は、年を追う毎に執着と執念に染まっていく。  私はというと、愛しいひとを失ってからというもの、死に絶える時が訪れるのをひたすら待っていた。  花はもう一輪も咲かせられない。  原因は、根元に埋まった愛しいひとの骨だ。  骨から滲み出る死の穢れが私を蝕み、花をつけるのに必要な分の生気を奪った。  私には、もう、愛しいひとに捧げる花すらないのだ。  そうして失意に明け暮れて、幾ばくか経った頃。  猫が満身創痍で現れた。  ――ぼくはもう動けそうにない。   だから、ねえ、ぼくを助けて。   ぼくは、まだ、あの子を探したいんだ。  ――あの子がはじめてだったんだ。   ぼくをまっすぐに見つめて、撫でてくれたのは、あの子だけだった。   だから、ねえ! ぼくと、あの子を探してよ!  ああ、なんて愚かで愛しい子。  私の思いを道連れに、既に失われた、たったひとりを探し出そうとした小さな子。  その命が尽きようとしているのを悟って尚、私と共に愛しいひとを探そうとする。  そんな子を放っておけるはずがない。  私は、老いぼれ桜。  花のひとつも咲かせられない。  けれど、伊達に長生きしたわけではない。  穢れたとはいえ、神域で永きを過ごし、少しは霊力を蓄えた私だからこそできることがある。  ――愛しくも愚かな子。貴方に私の力を委ねるわ。   でも、約束してほしい。   もし、いつか愛しいひとに逢えたなら、その子を悲しませないで。   どうか、その子を護って。  神様は教えてくれた。  私たちの愛しいあの子は、いずれ別の姿となって、再び生を受ける。  どうか、どうかどうか、この愚かしくも愛しい猫が、探し続けたあの子に逢えますように。  そしてどうか、もう一度、私に逢いに来て。  愛しいあなたの笑顔を、もう一度見せて。 image=504496254.jpg
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