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 私と猫の愛した、ただひとりのひと。  あの愛しいひとは、春の穏やかな陽射しのようだった。  出逢いはいつかの花見の頃。  桜舞い散る光景と花見客らの賑わいを背に、迷いなくまっすぐこちらに向かってくる少年。  誰からも見向きもされないこの老いぼれ桜と、その根元に潜んでいた誰からも見捨てられた仔猫に、あの子だけが目を向けてくれた。  少年の薄い色素の茶色の髪が陽光を浴びて、淡い金色に輝く。  その金色が背後に広がる満開の桜によく映えるものだから、美しく咲き誇ることのできる他の桜たち相手に、私はどんなに嫉妬したことか。 「こんにちは。ねえ、キミ達の傍に寄っていい?」  それがあの子の第一声。  他の人間とは違う。無断でズカズカとこちらの領域に踏み込まない。  私と猫に敬意を払い、"是"をひたすらに待ってくれたのは、あの子だけだ。  まず先に、少年が傍に寄ることを認めたのは猫だった。――否、認めたと云うよりも、根負けしたと云うべきか。  少年はただただひたすら猫と見詰め合い、たまに猫を「かわいい」だの「かっこいい」だのと褒めちぎり、隙を狙ってじりじりと距離を詰めていく。  最初は警戒して、牙を剥いて威嚇していた猫も、少年の粘り強さに、とうとう諦めた。  呆れた顔で香箱座りをした途端、少年から指先で頭を擽られ、遂には巧みに喉を撫でられて盛大に喉を鳴らす始末だ。  一人と一匹、揃って私の根元で日向ぼっこを始め、そしておもむろに少年は私を見上げてこう言った。 「キミのそばにいると、とても落ち着くね」  それはね、「老いぼれ」と鬱陶しそうに言われ続けて幾久しい私にとっては、どんなお世辞も敵わない最上級の口説き文句だったのだよ。  本当に嬉しくて堪らなくて、だから彼にお礼の花を一輪落とした。  彼は驚いた顔をして、それから満面の笑みを浮かべる。 「ありがとう」  その笑顔のなんと美しいことか。  まるで新芽が萌え出たように、瑞々しく輝くのだ。  たった一輪の花を手に、あどけなく、弾けるようにあなたは喜ぶ。  そんな笑みを見せるひとに、惚れずにいられようか。  ――本当に、私はあなたを愛していたのです。
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