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◆◇◆◇
――ねえ、あの子はどこに行ったの?
衰弱した猫は私の根元で蹲り、か細い声で問う。
猫は愛しいひとを求めてあらゆる場所を彷徨った。
私の想いを道連れにして、ずっとずっと、ただひとりの愛しいひとを求めて旅していたのだ。
この場から動けない私の分まで、ずうっと。
私は、桜。
とある町の、古い神社の一角に根付き、悠久を過ごしてきた。
かつてはこの大振りの枝にたくさんの花を咲かせ、多くの人や神を魅了したのだけれど、それもまた遠き日のこと。
私は、あまりにも永きを生きすぎた。
この地に宿る土地神の恩寵を受け、いかに図体ばかりが立派になろうとも、やはり年には勝てぬのだ。
幹はとうに曲がり、生命力の衰えと共にあちこち傷みも生じてきた。
手当てを受けねば、とうに枯木となっていた私を、人は【老いぼれ桜】と呼ぶ。
この老いぼれの、かつての優美な姿を知る者は、よもやいるまい。
そしてこの老いぼれは、ただひとりの愛しいひとが消えてからというもの、とうとう花の一輪すら咲かせられなくなってしまった。
――私の愛しいひと。
独り眠る貴方に花を捧げたいのに、私にはその一輪すら咲かせる力はない。
私の根元で蹲る満身創痍の猫を見下ろし、己の無力を嘆く。
疲れ果てたこの子に真実を伝えてやれぬ自分が、なんと憎らしいことか。
――哀れな子よ。
私たちの愛しいひとは、今、私の下に埋まっているのです。
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