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生まれてからこの方、不本意な場所にばかりに身を置くミユキを癒すのは、千坂亮治という作家のSF小説だった。
千坂が描く世界は人と人とが分断された孤独なものばかりだが、それでいて個々の人物は健気で前向きだった。それは、ミユキが生きている世界とよく似ているのだ。
ミユキは千坂の作品の中でも『偽りの記憶』を愛した。
小説の主人公は全寮制の高校で青春を謳歌していたのだが、交通事故の衝撃で自分の記憶が全て作られたものだということに気づいてしまう。実際の自分は両親から虐待を受けていて、祖父が両親から引き離すために全寮制の学校にいれたのだ。
怪我で入院した青年が両親に疎んじられ、暴力を受けた記憶に苦しんでいると、看護師が未来の自分を信じることで、過去を乗り越えられると教えた。彼女もまた、作られた記憶から醒めた人間だった。
青年には記憶を書き換えるチャンスが与えられるが拒否し、看護師を愛することで豊かな人生を送るという話だ。
「私なら気持ちのいい記憶を選ぶのに」ミユキはそう思いながらも、『偽りの記憶』を手放さなかった。
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