姫様、お逃げください！

一 姫様、お逃げください！

「今日のお召し物は華やかな紅色ですから、髪には真珠をちりばめましょう」

ゾフィは、真珠細工の付いた針金を折り曲げながら、鏡の中のマリイをのぞき込んだ。

鏡台に座ったマリイは、黒い瞳にたっぷりと涙を浮かべ、鏡の中のゾフィに訴える。

「あたし、会いたくない……」

「姫様……」

ゾフィは答えず、作業を続けた。

マリイの肩まであるまっすぐな黒髪の頭頂部にクイクイと真珠細工をくくりつけ、ティアラのように形を整える。

「さあ、お立ちください」

下着姿のマリイに桜模様の赤いドレスを着せる。

金色のリボンをウエストに結び、その真ん中にキュッと差し色である緑色のリボンを重ねた。

桜咲くこの季節にふさわしい。

「口紅は――」

ゾフィはマリイの全身を見て決めた。

「ピンクではなく、赤にしましょう」

まずはおしろいを塗って頬紅をさし、赤い口紅で仕上げようとしたその時である。

マリイの目からとうとう涙があふれた。

「ゾフィ……！」

「ああ、姫様」

ゾフィはドレスを濡らすまいとガーゼのハンカチを取り、マリイの涙を吸い取った。

「ゾフィ、ゾフィ……！」

マリイは手を強く握りしめ、震えている。

「あたし、結婚なんかしたくない。